論文

公開件数: 11 件
No. 掲載種別 単著・共著区分 タイトル 著者 誌名 出版者 巻号頁 出版日 ISSN DOI URL 概要
1 (MISC)総説・解説(大学・研究所紀要)
共著
教員養成校における創造的思索の構築のための教育カリキュラムの検討(最終報告)
堀祥子(名古屋女子大学)、命婦恭子(西南女学院大学短期大学部)
名古屋女子大学『総合科学研究』

9, 7-19
2015/05




2
共著
ヴィクトール・E・フランクルの生涯とロゴセラピーおよび実存分析の発展(2)―1927年から1930年における彼の青年心理学の形成に関して―
広岡義之・津田徹・塩見剛一・山本孝司
兵庫大学論集

No.18, p.p.285-290
2013/03



A.バッチャニーによる本論文は、V.フランクルの生涯と学問の形成過程について取り纏めたものである。本論文は五つの時期の特徴から構成されており、本稿はその中でも第二期にあたる。フランクルがウィーンで医師として活躍し、青年心理学を形成した時期について取り扱っている。
3
単著
K.ローゼンクランツの教育の特殊的要素について―ヘーゲル教育論の体系化として―
塩見 剛一
関西教育学会『関西教育学会年報』

第36
2012/06



K.ローゼンクランツの教育論は、ヘーゲルの哲学思想に裏付けられた教育哲学であり、その著書『体系としての教育学』は、ヘーゲルがなし得なかった教育学体系の完成を目指している。第二章の「特殊的要素」を精査することで、ローゼンクランツが構想した「実践的な哲学」としての教育学がどのような具体的な実践を考えていたかを問い、その実践とヘーゲルの教育論との接点と乖離を考察し、ヘーゲル教育論の体系化への一助とする。
4
共著
ヴィクトール・E・フランクルの生涯とロゴセラピーおよび実存分析の発展―1923~27年の「個人心理学からロゴセラピーの時代」―
広岡義之・津田徹・塩見剛一・広瀬悠三
兵庫大学論集

No.17, p.p.303-307
2012/03



A.バッチャニーによる本論文は、V.フランクルの生涯と学問の形成過程について取り纏めたものである。本論文は五つの時期の特徴から構成されており、本稿はその中でも最初期の、フランクルの学生時代からの数年間にわたる学的変遷とその特徴について取り扱っている。
5
単著
K.ローゼンクランツの教育の一般的概念について―ヘーゲル教育論の体系化として―
塩見 剛一
関西教育学会『関西教育学会年報』

第34
2010/06



ローゼンクランツはその著『体系としての教育学』第一章「教育の一般的概念」において、教育の概念に(1)教育一般の性質、(2)教育一般の形式、(3)教育一般の限界という三区分を設けて分析する(§12)。本稿はローゼンクランツの分析の内容に沿って、関連するヘーゲルの議論を対比させることで、ローゼンクランツの教育概念の特徴を明らかにする試みである。
6
共著
子どもの哲学序説―哲学的実践として
広岡義之・津田徹・塩見剛一
兵庫大学論集

No.15, p.p.269-280
2010/03



「子どもの哲学」の研究者であるラバティは、本論文で子どもの哲学の30年に亘る発展を紹介したうえで、西洋哲学の伝統や高等教育の枠内のみに留まらない、新たな可能性が子どもの哲学には存在することを結論づけている。
7

「K.ローゼンクランツの教育学体系について―ヘーゲル教育論の体系化として―」
塩見 剛一
関西教育学会『関西教育学会年報』

第33
2009/06



K.ローゼンクランツの教育に関する主著『体系としての教育学』の第三章、個別的体系を中心に、それがヘーゲルの歴史哲学との相似を見せていながら、時代との関係性を併せて教育の理念を考察することで、各自が属する時代に応じた教育論を立案できるという循環的体系を構成していることを跡づける。そしてこの循環型の教育学体系がヘーゲル思想の根幹にある運動性を適切に消化している点にその意義を認めた。
8
単著
「教育原理としての対話―ソクラテスおよびM.ブーバーに即して―」
塩見 剛一
関西学院大学文学部教育学科『教育学科研究年報』

第32
2006/03



ソクラテスとブーバーにおける対話を比較し、教育における対話の意味を探る。ソクラテスの対話は実践的対話であり、また対話の実践にこそ意義を認めた。対するブーバーは神の人格的性質という対話の基底を示し、ソクラテスにおいて理解されがたかった神(ダイモーン)との実践的対話の実相を理論化する。それゆえブーバーを踏まえソクラテスに帰ることで、人間が常に対話に開かれた状態にある事実が明晰になる。
9
単著
「ヘーゲルの喜劇論に関する教育学的考察」
塩見 剛一
関西学院大学人文学会『人文論究』

第54/ 第1
2004/05



ヘーゲルの『美学講義』における喜劇論に基づき、対他関係の摩擦を減じ、相互理解・自己理解の深化に資する媒介として「笑い」を考察する。ヘーゲルは芸術の展開を精神の展開と見なし、その最後に、最も物質性から遠ざかった劇芸術を据えた。イロニーとは異なる、社会の矛盾を顕在化して個人を自由にする喜劇的な笑いは、個人にとって自己を省察し、他者との交感を伴った教育的機会となり得る。
10
単著
「ヘーゲルの教育論―ニュルンベルク時代における教育活動を中心に―」
塩見 剛一
関西学院大学文学部教育学科『教育学科研究年報』

第30
2004/03



003年に提出した修士論文より、第1章「ヘーゲルの教育概念」及び第4章「現代の教育とヘーゲル」を中心とした要旨を論述する。ヘーゲルが重視したBildungの概念は、外的な圧力による陶冶や教養に止まらず、自己の成長を促す経験として、普遍性に至るため、単なる否定的意味に止まらない自己疎外的な契機であって、主体的な自己形成を意味するものである。
11
単著
「ニュルンベルクにおけるヘーゲルの教育論について」
塩見 剛一
関西学院大学文学部教育学科『教育学科研究年報』

第28
2002/03



ギムナジウムの校長として、ヘーゲルがニュルンベルク時代に行ったギムナジウム講演を中心に、ヘーゲルの学校教育論を考察する。ヘーゲルが遺した五編のギムナジウム講演では、学問による内的根拠の涵養が称揚され、学生の自律の獲得が主張されており、学校の役割も明示されている。そこには単なる公務報告に止まらない、ヘーゲル独自の学校観が見出され、一つの学校教育論をなしている。